「対応は行き当たりばったりなものです」:致命的なブラジルの洪水の内側からの声
『NACLA』2024年5月8日
歴史的な洪水によりブラジル南部の一部が水の下に沈んでいる。気候変動と劣悪な災害対策が、その影響を悪化させてきた。
リオグランデ・ド・スル州カノアスの光景。ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シウヴァ大統領が歴史的な洪水の被災地域を上空から視察する際に撮影された。2024年5月5日。 (Ricardo Stuckert / PR / CC BY-ND 2.0 DEED)
ブラジル南部はいま、過去最悪の気候変動の悲劇に直面している。前代未聞の洪水が140万の人々に被害を与え、16万以上の人々が家を追われた。5月7日の時点で、少なくとも95名が死亡し、130名が行方不明となっている。
画像や映像は衝撃的なものだ。ブラジルのリオグランデ・ド・スル[ヒオグランヂ・ド・スウ]州(Rio Grande do Sul)の首都であるポルト・アレグレ[ポルト・アレグリ](Porto Alegre)の中心街が、水の下に沈んでいる。 市内のグアイバ川(Guaíba River)の水位は、数日間の豪雨ののち、1941年の歴史的な洪水の水位を1.5フィート以上も上回った。さらなる極端な降雨が予想されるなか、専門家たちは洪水の水が今後少なくとも10日間にわたって残り続ける可能性があると述べている。
5月2日、ひとつのダムが崩壊し、高さ6フィートを超える波を引き起こし、その地域の洪水を悪化させた。
ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シウヴァ(Luiz Inácio Lula da Silva)大統領は5月5日、リオグランデ・ド・スル州知事エドゥアルド・レイチ(Eduardo Leite)とともに、災害地域の上空を飛行した。翌日、ルーラは議会に対して、同州における公的惨事の宣言――追加的な政府支出を可能にするものだ——を出すように要請した。レイチ知事は、同州には「再建のためのある種のマーシャル・プランが必要だ」と述べている。
この悲劇は自然災害であるけれども、ここまでの大惨事になったことには、州や地方自治体の側の事前対策の欠如があったのではないかと専門家たちは指摘してきた。あるレポートによれば、ポルト・アレグレ市は過去3年間にわたって洪水予防の予算を削減し、2023年には1セントたりとも支出していなかった。
5月5日、私はリオグランデ・ド・スル連邦大学バイオ科学研究所の教授で、ガウショ環境科学研究所(InGá)の総合主任であるパウロ・ブラック(Paulo Brack)と話した。彼はポルト・アレグレに住んでいる。このインタビューで、彼は洪水による破壊を悪化させてきた要因と、将来に同様の結果を緩和するために何が必要なのかを詳しく述べている。 私たちの会話はポルトガル語から翻訳され、適切な長さと明確な文意になるように編集されている。
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マイケル・フォックス:パウロ、現在ポルト・アレグレおよびリオグランデ・ド・スル州が直面している気候災害がここまで凄まじいものになるまでには、何があったのでしょうか?
パウロ・ブラック:二、三日の間に300ミリを超す集中豪雨という異常気象が起こりました。地域によっては、ほとんど400ミリに達するところもありました。集中豪雨と洪水は広範囲にわたりました。タクアリ・アンタス川(Taquari-Antas River)流域をここまで深刻な降雨が襲ったのは今年に入ってから二回目です。前回の状況は現在のレベルには及びませんが、しかし非常に暴力的なものでした。降雨が非常に急速に起こり、50人以上の死者を出したからです。
ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シウヴァ大統領がリオグランデ・ド・スル州カノアスの上空を飛行し、洪水被害のあった地域を視察する。2024年5月5日。(Ricardo Stuckert / PR / CC BY-ND 2.0 DEED)
現在起こっていることは、一連の気候上の要因によって生じています――言うまでもなく、気候変動のことです。今はエル・ニーニョの末期であり、太平洋からの水蒸気が非常に多くなっています。湿気がここまで到達したのは、太平洋の温暖化のせいでもあり、アマゾンからの湿った気流のせいでもあります。寒冷前線は南からやってきて、通常はブラジルを縦断して北上していきます。ここリオグランデ・ド・スルから始まり、サンタ・カタリーナ、パラナ、そしてその先へと上っていくのです。しかしその流れは遮断されました。大気によるブロック作用(atmospheric blockage)が生じたのです。
この大気によるブロック作用は、部分的にはブラジルの中部地帯の過熱化とも関係しています。これは森林破壊および植生の不足に関係しているのです。ブラジル中部における環境は、同時に、非常に乾燥したものです。そのため、いわゆるヒート・ドームが生み出され、豪雨をこの地に足止めし、それが別の州へと移動するのを妨げたのです。豪雨はここに、この州一帯に留まりつづけました。それでほんの数日間でここまで多くの雨量になったのです。そして同時に、こうした豪雨がブラジル南部の他の州へと散らされることがなかったのも、このブロック作用のためでした。
豪雨がここまで激しいものになったのは、増加しつづけている温室効果ガスの影響でもあります。前年の気温は[これまで計測されたなかで]最高のものでした。大西洋の温度もまた、最高の値を記録しました。私たちには、事態が悪化し続けていることが分かっていましたが、しかしその悪化は、あまりにも急速に進んでいるように見えます。
マイケル・フォックス:地方自治体や州政府からの反応はどのようなものでしたか? 準備はできていたのでしょうか?
パウロ・ブラック:かれらの対応は行き当たりばったりのものでしかありません。ポルト・アレグレには、堤防も、水門も、排水場もありますが、それらは維持管理がなされておらず、そのため適切に作動しませんでした。市役所における対策の欠如は巨大なものでした。かつては河川・下水処理部局が存在していましたが、それは消失しました。さらに不運なことに、ここポルト・アレグレの自治体政府によっても、あるいは州政府によっても、対策はまったくなされていませんでした。いくらかの例外はあれ、州の内部では状況は同様です。どうやらサォン・レオポルド市(São Leopoldo)はいくらかの主導権をもって対策を行ったいたようです。しかし全体として言えば、予防の文化というものが存在していないのです。
ですからこれはブラジル文化の問題です――中期的な緊急事態に早急に対応するために必要な、安定的な公共政策や構造が欠如しているのです。そして同時に、長期的な対策というものも必要です。なぜなら現在から先も、異常気象は今回と同様か、さらにひどい激しさで起こりつづけるだろうからです。
まさにいま私たちの注意を引いているのは、またしてもですが、昨年の9月と12月の豪雨のあと、プロトコルを作成したり、この問題に対処する戦略を練り上げたりすることについて、州政府が最低限の関心さえ示さなかったということです。あたかも、州の役人たちはこうした出来事に即興的にしか対応していないかのようです。
9月4日の豪雨の数日前、すなわち昨年8月30日に、国立気象科学研究所(Inmet)がこれから来る降雨は非常に激しいものになりうると警告を発していました。300~500ミリの雨がほんの数日のうちに降り、歴史的な状況――これまで経験したことがないような――が生じる可能性がある、と。私は8月末にこのニュースを読んだとき、恐怖に襲われました。数日後、州政府からいかなる声明も発せられなかったということに気が付きました。
残念なことに、研究所の予測は当たりました。歴史的な現象がそのときに発生したのです。そして政府は必要な処置を取りませんでした。豪雨が予測されていた地域で、その準備ができているひとは誰もいませんでした。これは政府の側の責任です。
そして現在起こっていることのスケールは、はるかに大きなものです。
マイケル・フォックス:今回のような潜在的な洪水を緩和するために、十分な法律は存在しているのでしょうか?
パウロ・ブラック:グアイバ――私はそれを河川であると同時に湖であると考えています。ブラジルの統計機関であるIBGEによればそれは依然として河川ですが、ポルト・アレグレ環境地図(Porto Alegre Environmental Atlas)のなかでは湖と呼ばれています。いずれにせよ、それは両者の特徴を兼ね備えており、とりわけポルト・アレグレに近い北部ではそうです。
それは水路であり、法律に従って十分に保護されなければなりません。永久保護エリアとして。環境という点から見れば、水路の周辺もまた保護される必要があります。私たちの手にはまずまず良い法律がありますが、しかしそれが強制的に実施されているわけではありません。そして不幸なことに、その法律は後退させられつつあります。ですからこうしたことはすべて、非常に集中的な豪雨が、植生が除去された地面のうえに降った際、その影響をはるかに増大させるでしょう。
緩衝地帯――湿地や森林――は、非常に急速に[人間によって]占拠されつつあります。ここ、ポルト・アレグレの北部では、もっともひどい豪雨の被害を受けた地域も含めて、グラヴァタイ川(Gravataí River)の一部である湿地帯で非常に広大な埋め立てが行われています。そして氾濫を起こしたのはまさにこのグラヴァタイ川であり、その氾濫は何千人もの人々を被災させ、いくつかの近隣地域にも影響を与えました。カノアス(Canoas)でも、ポルト・アレグレの北部でも。
ですから、土地の劣悪な利用は、不適切な占拠ために、そしてタクアリ・アンタス川上流での農業のために、この問題を引き起こしてきた主要な原因の一つです。「7月14日」(14 de Julho)と呼ばれる水力発電ダムもまた、決壊しました。被害がさらに悪化しなかったのは幸運なことです。ダムの下流での豪雨がすでにタクアリ川の水位を上昇させており、ダムが決壊したときの水位の変化はそれほど大きなものではなかったのです。
リオグランデ・ド・スル州カノアスの光景。ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シウヴァ大統領が歴史的な洪水の被災地域を上空から視察する際に撮影された。2024年5月5日。 (Ricardo Stuckert / PR / CC BY-ND 2.0 DEED)
マイケル・フォックス: いま行われなければならないことは、何でしょうか?
パウロ・ブラック:私たちに必要なのは、気候非常事態の発令です。これは昨年、実際に要請がなされていました。環境大臣であるマリーナ・シウヴァ(Marina Silva)自身が数日前、ブラジルで気候非常事態を発令し、もっとも影響を受ける人々のニーズに当てた支出を円滑化することが必要なのではないかと述べました。それはいくつかの物事のパッケージです――基本的な医療ケアと設備、道路、プロジェクトといった。ここポルト・アレグレでは例えば、二つある最大の道路の片方であるBR290号線でアスファルトが割れてしまいました。巨大なクレーターができています。そしてまた、ポルト・アレグレから北に抜ける道路であるカステロ・ブランコ大通りでもまた別のクレーターがアスファルトに口を開けています。
ポルト・アレグレに向かう主要な連絡道路の幾つかは通行不可になっています。空港のフライトはキャンセルされてきました。そこでも洪水が起こったからです。それで空港は、水が引くまで閉鎖されています。
マイケル・フォックス:ブラジルはこれまで、気候非常事態と気候変動のために十分な資源を割り当ててきたのでしょうか?
パウロ・ブラック:国のレベルでは、非常に矛盾し曖昧な状況です。少なくとも連邦政府のレベルでは。ブラジル政府は、COP28で重要な役割を演じ、見事なスピーチを行いました。しかし同時に、その同じ週に、石油採掘権のオークションが行われていたのです。ですから非常に矛盾した状況です。なぜそうなっているのかと言えば、不幸なことにブラジルの中道左派の政府でさえ、開発という考えにとりつかれており、しばしば慣習的なモデルのそれに従っているからです。私たちはそれを開発主義と呼んでおり、 環境主義の側はまだ後景にとどまっています。そこには[公的な]計画というものがありません。
[政府は]エネルギーを生み出すインフラのための大規模な計画を展開していますが、しかし、温室効果ガス排出の基盤であるエネルギー消費を削減する計画は存在しません。もし私たちがエネルギー消費を削減することがなければ、私たちは大抵の場合、温室効果ガスを排出しつづけるでしょう。そしてこのことが、[気候変動という]問題の根っこに関わる事柄なのです。社会のモデルが原因です――消費に基盤をおいた社会では、エネルギー使用を削減することは政府や企業のプログラミングのなかに入らないのです。反対に、エネルギー消費はいままさに拡大を続けています。非常に矛盾した状況です。
リオグランデ・ド・スル州カノアスの光景。ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シウヴァ大統領が歴史的な洪水の被災地域を上空から視察する際に撮影された。2024年5月5日。 (Ricardo Stuckert / PR / CC BY-ND 2.0 DEED)
マイケル・フォックス:その他に、いままさに重要なことは何でしょうか?
パウロ・ブラック: 連邦議会下院では、上院と同様に、私たちの森林保護をさらに弱めるであろう一連の法案が存在しています。大西洋森林法(Atlantic Forest Law)の一部に含まれる標高の高い地域のことを、私たちは非常に心配しています。
議会はこうした地域での保護規制を剥ぎ取り、農業の拡大を許しています。私たちは、例えば大豆がここブラジルで極めて重要な商品作物へと成長してきたことを知っています。グアイバ川およびタクアリ・アンタス川の上流での大豆の拡大は、きわめて劇的なものです。これはまた、土壌の侵食を引き起こし、地面の耐水性を増加させます。このことは、土壌に浸潤する水量が減少し、地表を流れる雨量の増加が起こることを意味しています。
地表にとどまる雨水が増えれば増えるほど、運び流される泥の量も増加します。そして被災した都市の写真をみると、そこには大量の泥が流れ込んでいることが分かります。この泥は、劣悪な土地利用の指標なのです。
あらゆることが、こうした地域を保護し、水路の近くでの建設を減少させる公共政策を採用する必要があることを示唆しています。数年前、ハヴァン(Havan)のデパート店舗が、もっとも被害の大きかった河川であるタクアリ川(ラジェアード(Lajeado)市内)のまさに土手に建設されました。それが建設されたのは、まさしく永久保護エリアの区域内でした。
当時、環境主義者たちによる激しい抗議が起こり、そこでは店舗が川の水が流れる場所に建てられていることが主張されました。そこに建てられた店舗は、地面の耐水性をたかめ、さらに多くの問題を引き起こしました。そしてこの建物は、この辺りでもっとも大きな被害を受けた建物の一つでした。まさにこの場所に建てられているという理由によって。ですから、環境保護を縮小させる一連の法律[および法案]は、すでに述べた標高の高い地域だけではなく、永久保護[エリア]の削減に向けられてきたのだということが分かります。
永久保護エリアの範囲を各地方自治体が決定することを許可する法律が、すでに約二年半前に議会で可決されていました。私たちは、この決議によって、いわゆる森林法(Forest Code)の定める範囲を自治体が縮小させることに認可が与えられたのだと考えています。法令12651号は、河川を保護するためのきわめつきに重要な法律ですが、いまやそれぞれの自治体がこれらの[非保護]エリアを[ケース・バイ・ケースで]削減する選択権を有しています。
ですから、ここには矛盾があります。非-予防の文化――未来のことを考えるかわりに、いま現在のことだけを考える――に加えて、そこにはまた、法的規制の強度を後退させようとする企業の思惑もまた存在しています。それは将来的に、今回のようなより深刻な異常気象へとつながるでしょう。
そして気候変動否認主義は継続しています。依然として力を持っているのです。気候変動の存在を信じていないと公言する上院議員もおり、そのなかにはここリオグランデ・ド・スル州選出の上院議員のひとりであるルイス・カルロス・ヘインス(Luiz Carlos Heinz)も含まれています。アメリカ合衆国とまったく同様に、ここでもこれが現実なのです。
私たちの目の前には、私たちが気候災害に向き合うための最低限の条件すら妨げている、一連の問題が存在しています。そして、政府の側の行動の欠如に起因するこれほど多数の死を、目に映らないようにしているのです。
(翻訳:中村峻太郎)
原文リンク:https://nacla.org/brazil-floods-rio-grande-sul
@NACLA, reprinted with permission of the Author.