電力=権力を切り替える│ティモシー・ミッチェル、テア・リオフランコス、オッジ・ウォーウィック


電力=権力を切り替える:企業・帝国権力の時代における公正なエネルギー移行の構築

トランスナショナル研究所、2024年2月8日 

原文リンク:https://www.tni.org/en/article/power-switch

〈化石燃料を基盤にしたエネルギーは、権力と富を蓄積し、地球上の生命を脅かしている現在の資本主義システムの心臓部に位置している。この号の巻頭記事で、トランスナショナル研究所(TNI)は、中東の大石油企業(ビッグ・オイル)の専門家、公正なエネルギー移行のために仕事をしている研究者・アクティビスト、そしてトリニダード・トバゴの石油産業における主導的な労働組合のオーガナイザーを集め、私たちの現在のエネルギー・システムにおける権力の力学について、そして民主的で公正で持続可能なエネルギーの未来へと移行するために何をすべきかについて議論した。〉

ティモシー・ミッチェル(Timothy Mitchell) は政治理論家、歴史家、コロンビア大学の中東・南アジア・アフリカ研究科教授。彼の2012年の著書『カーボン・デモクラシー:石油時代の政治権力Carbon Democracy: Political Power in the Age of Oil』 は、中東におけるエネルギーの歴史を語り直したものであり、石油がいかに民主主義を弱体化させ、軍事主義と帝国に燃料を与え、無限の成長という危険な神話を生み出したのかを明らかにしている。

テア・リオフランコス(Thea Riofrancos) はプロヴィンス大学の政治学の准教授で、左翼シンクタンク〈気候と共同体プロジェクト〉のメンバー。とりわけラテンアメリカとアメリカ合衆国において、採掘の政治学を中心に研究を行う。近刊に『採掘:グリーン資本主義の最前線Extraction: The Frontiers of Green Capitalism』がある。

オッジ・ウォーウィック(Ozzi Warwick は、トリニダード・トバゴ石油労働者組合の教育・調査局長で、全国的な共同労働組合運動(Joint Trade Union Movement)の事務局長。公共的アプローチによる公正なエネルギー移行のための南側主導の新たな労働組合プラットフォーム、〈グローバルサウス・エネルギー民主主義のための労働組合〉(TUED South)の創設メンバーでもある。

ニック[ニック・バクストン]:私たちはこの十二年間、この『権力の情況State of Power』というレポートを通して、グローバル経済の権力関係を吟味してきました。このエネルギー特集号で、パワー(power)という言葉が非常につよいダブル・ミーニングを持ったことは、興味深いことでした。すなわちパワーとは、私たちのシステムに対して力(権力)を持っている人々を指すのと同時に、私たち、そしてグローバル経済にエネルギーを与えている力(電力)のことでもあるのです。そこで、私がとりわけティムに提示したい最初の問いは、十九世紀以降の私たちの化石燃料を基盤にしたエネルギー・システムは、今日権力が分配されているあり方をどのように形作ってきたと思われるでしょうか、というものです。そして反対に、権力はどのように私たちのエネルギー・システムを形作ってきたのでしょうか?

ティム[ティモシー・ミッチェル]私が『カーボン・デモクラシー』という本のなかで行った議論は、一文で要約することができます。石炭が大衆民主主義を可能にし、石油がそこに制限を課している、というものです。つまり、十九世紀になって、産業化された国々が単一のエネルギー源としての石炭に高度に依存するようになると、労働者たちは前例のない政治的な権力(パワー)を手にしました。なぜなら、のちにゼネラル・ストライキとして知られるようになった仕方で、はじめて国のエネルギー・システムを停止(シャットダウン)することができるようになったからです。炭坑労働者、鉄道労働者、そして港湾労働者は、エネルギーの供給を遮断することができたのです。

こうした権力は、十九世紀後半から二十世紀前半にかけての大衆民主主義の出現にとって決定的なものでした。石油はこれを解きほぐしましたが、それはひとつには[エネルギーの]オルタナティヴを提供し、組織化された労働者の力を弱めることを容易にしたからであり、同時にまた、石油が[石炭とは]別の性質を持っていたからです。液体であり、みずからの圧力で地中から湧き出てくるという性質です。労働者たちを地下に送りこむ必要がなく、パイプラインや石油タンカーによって非常に容易に輸送することができ、その輸送方法はより柔軟で、妨害がより困難なものでした。

であるにしても、中東の石油労働者たちは、ヨーロッパの炭坑労働者たちとまったく同じように決然と、政治的・経済的な権利を勝ち取ろうとしました。中東の主な三つの産油国であるイラン、イラク、サウジアラビアで、労働者たちはストライキを組織しました。1951年の石油国有化へとつながった、イランのゼネラル・ストライキのように。しかし、初期の数十年で労働者たちが獲得したようなエネルギーや政治システムに関する権力は、のちに失われてしまいました。それはとりわけ、石油生産が資本主義の産業生活の中心地とは別の地球上の部分で発展したことが理由です。そのことは、エネルギーの消費に関わる人々と生産に関わる人々のあいだに距離が開いたことを意味しており、イランのような土地の石油労働者たちが、西側の政治闘争とのあいだに繋がりを作り上げることを困難にするものでした。

ですから私の考えでは、石油は二十世紀の政治形態の出現に深甚な影響を及ぼしており、それは、あらゆる場所で民主的な政治を掘りくずす石油の能力(キャパシティ)に由来しているのです。

ニック:どうもありがとう、ティム。オッジに話を振ってもいいでしょうか。というのも、言うまでもなくあなたは、石油・ガスのセクターで働くと同時に、[労働運動の]組織化も行ってきましたね。あなたの経験を通して、権力の分配におけるエネルギーの相互的な作用は、どのように見えているのでしょうか?

オッジ[オッジ・ウォーウィック]: トリニダード・トバゴでは、例えばイギリスの場合とは少し状況が違います。トリニダード・トバゴには石炭産業が存在しておらず、石油が出現してエネルギー・システムを駆動しはじめるまでは、主に農業が行われていました。石油ベースの化石燃料産業の出現は、私たちの国でもっとも強力な組合のひとつの出現と一体になったものでした。油田労働者労働組合(Oilfields Workers Trade Union)がそれです。ですから、それは労働者の権力(パワー)を構築したわけです。そしてその労働組合は、普遍的な成人選挙権と独立とを引き起こす手段となりました。

ナショナリズムの感覚を盛り上げ、のちに独立トリニダード・トバゴ――1962年に宣言されました――となるものの礎を敷いたのは、1930年代の労働者の暴動から出てきた、石油労働者たち[の運動]でした。このことは、より広範なエネルギー・システムが大衆民主主義を興隆させうることを示すものでした。

エネルギー・システムについて反省したり思考したりすると、私はすぐさま帝国主義のことを考え、エネルギー・システムの構造物(アーキテクチャー)が植民地主義や帝国[のそれ]に非常に類似しているという事実について考えます。そこでは、人々や組織の小規模な集中が存在し、それが管理(コントロール)を行うのです。

現代の多国籍企業の最初の例のひとつは石油企業――スタンダード・オイル社――であり、それは十九世紀後半に生まれました。第一次世界大戦後、かつてのオスマン帝国が英仏帝国によって都合よく分割されるなかで、石油企業の連合体(コンソーシアム)はそれらの帝国と協定を結びました。 そして今日でも、十ある巨大石油企業(オイル・ジャイアント)のうち、七つがアメリカとアングロ・ヨーロッパの企業です。他の三つのうち、二つは中国で、一つがサウジアラビアです。ですから、列強国(パワー)について語ることなしに、エネルギー・システムについて語ることはできません。そしてそれは、グローバル資本主義にも関係しています。それは商品(コモディティ)の生産、エネルギーの生産と消費によって駆動されるものだからです。

テア[テア・リオフランコス]それについて考えはじめればすぐに明白になることですが、私たちの化石[燃料]資本主義(fossil capitalism)の構造は、経済的にも地政的にも、グローバル権力の構造と緊密に結びついています。しかし同時に、グローバル権力と化石資本主義とが緊密に結びついたシステムが、当のシステム自身――その脆弱性、狭窄部チョークポイント、弱点がむき出しになった――に対する重大な挑戦チャレンジを作り出してきたことも事実なのです。

1960年代後半から1970年代前半にかけて、それが起こるのを目にすることができます。当時、「第三世界」と呼ばれるものが組織されはじめていました。たとえば石油輸出国機構(OPEC)は、第三世界の資源産出国が自国の資源を管理できるようにしようと模索していた時期に現れました。当時は産出国が資源の恩恵を受けとっていなかったのです。OPECは、新国際経済秩序(NIEO)――実現されることは決してありませんでしたが、それはひとつのアイディアとして今日なお反響を残しています――のためのより広範な提案のインスピレーション、それどころかひとつのモデルになりました。

ですから、エネルギーは単に覇権(ヘゲモニー)の場所であるだけでなく、異議申立ての場所でもあります。私はエクアドル、チリ、その他のラテンアメリカの国々で、そして資源ナショナリズムの力強いアイディアが依然として存在している場所の周辺で調査を行ってきましたが、それが湧き出てくるのは、労働組合のなかからであると同時に、社会運動や民衆的な連合のなかからです。そのアイディアとは、資源は「私たち人民」が所有するべきであり、グローバルノースは私たちから採掘(エクストラクト)[=価値を抽出]しつづけるべきではない、というものです。それは現在のエネルギー移行の状況下でも現前している異議申立ての形態です。

ニック:とりわけこの二、三十年間における大石油企業ビッグ・オイルの興隆は、大規模な経済の金融化とパラレルなものでした。これら二つは、どのように相互に連関しているのでしょうか? そして国営企業であれ私企業であれ、ビッグ・オイルの権力という点では、いまはどのような状況なのでしょうか?

ティム:石油と金融について言えば、二つは一緒に成長しました。大規模な多国籍石油企業は、公共的に所有される株式会社としては最大のものであり、最大の銀行のいくつかと連携(アソシエイト)してきました。こうした交差の理由のひとつは、まず、エネルギーの生産には莫大な費用がかかり、膨大な量の資本を必要とすることであり、第二の理由は、法外な利益を生む[石油企業の]能力(キャパシティ)が、融資(ファイナンス)を惹きつけるということです。

それは、世界がエネルギーに依存しているからだけではなく、エネルギー生産の構造が比較的に耐久的なものだからでもあって、一度構築されてしまえば何十年にもわたって収入を生み出しつづけることになるからです。そうしたことは、その他の産業プロセスではよくあることではありません。そして、大きな石油企業の法外な資本化された価値キャピタライズド・バリューがなぜ生じているかといえば、それはそうした将来の収入を資本化キャピタライズする能力ゆえなのです。そうした資金の流れを確保すれば、エネルギー安全保障の政治全体を手にすることになります。

オッジ: エネルギーと金融の相互作用という点で、1970年代のエネルギー危機に立ち返るならば、それは実際には金融の危機でした。実際、その危機は、アメリカ合衆国が有するグローバルな金融権力を刷新するのに、決定的な役割を果たしました。なぜなら、それはアメリカ・ドルときんとの交換を招いたからであり、それがオイル・マネー(petrodollar)の再生産につながり、そのことによって、アメリカの多国籍銀行から非産油国ないし低開発の国々への資金の流れを生み出すことが可能になったからです。その結果、機関借入から商業借入への転換が起こり、アメリカの民間銀行は引き続きグローバルな金融部門を支配する位置に置き直されました。アメリカの石油企業がグローバルなエネルギー部門を支配しているのと同じ仕方で。

結果として、グローバルサウスの多くの国々で深刻な債務危機が生じ、新自由主義の唱道者や帝国権力[列強国][そうした国々に]構造調整プログラムを課すことが可能になりました。そのプログラムは、帝国的・新植民地主義的な権力関係を強化するものであり、権力関係の莫大な不均衡を固定化するものでした。

テア:こうした問いを立てるには、現在は非常に矛盾した情勢です。というのも私たちは現在、エネルギー移行の初期段階にいますが、それは依然として不確かで、きわめて不均衡なものだからです。一方では、国際エネルギー機関(IEA)は化石燃料の需要――供給ではなく――が、数年以内にピークを迎えると予測しています。また、エネルギーの移行が起こった場合、最大で1兆ドルの座礁資産が生まれるという予測もあります――それはエネルギー企業と金融システムにとって、莫大な打撃となることでしょう。

こうしたことは、化石燃料産業が末期の苦しみのうちにあることを示唆しているように見えるかもしれません。しかし、それは明らかに誤りです。かれらはまた、地政的な不安定性と、いまだに増大しているエネルギー需要――そうした需要の多くは依然として化石燃料によって満たされています――のために、記録的な利潤をあげているからです。

新たな力学もまた存在しています。たとえば、化石燃料生産におけるプライベート・エクイティ(PE)の投資家の興隆です。多国籍の株主所有企業よりもさらに不透明で、かつ統治が難しい手合いです。

ブレット・クリストファー(Brett Christopher)が明らかにしたように、こうしたエクイティ会社はエネルギーやインフラのなかに入り込みつつあり、それは中心的な社会インフラがますますかれらに所有されるようになっていることを意味します。かれらはそうした資産をいわゆる禿鷹ファンドに委ね、価値を絞り出してから、それを売却しようとします。皮肉なことに、一部の年金基金や機関投資が化石燃料から投資撤退ダイベストメントを行ったこともひとつの理由として、かれらはより汚れたダーティエネルギー・インフラを獲得するようになってきており、そのことが化石燃料部門のフェーズアウトをより困難にするかもしれません。ですから、一部の機関や投資家のそうでなければ歓迎すべき動きが、倒錯した結果を生んでいることになります。

ニック:では、エネルギー・システムの転換は、中国やインドのような経済大国の興隆による地政的な転換と、どのように交錯しているのでしょうか?

ティム:たしかに中国とインドの興隆は、間違いなく変化の要素の一つです。両国ともエネルギーの消費国であり、とりわけ中国の場合は、エネルギーの巨大な生産国でもあります。しかし、何十年も世界最大の生産国でありつづけ、1970年代以降は減少に転じていたアメリカもまた、いわゆるタイト・オイル(水圧破砕法フラッキングで生産される石油)[一般には「シェール・オイル」とも呼ばれる]の興隆によって、エネルギー生産国としての第二の生を満喫してきました。タイト・オイルが混乱を引き起こしてきたのは、価格を統制する多国籍の大石油企業によって管理されるのではなく、新規の小規模企業の手にますます握られるようになっており、価格を統制するものが何もなくなっているからです。

その結果として、現在の石油価格の極度の変動性(ボラティリティ)が生まれており、そうした変動性から儲けを得ることができるという理由もあって、プライベート・エクイティ(PE)企業が興隆をみせているのです。

ニック:ではオッジ、ベネズエラや中国のような、アメリカ以外のプレイヤーについてはどう考えていますか? あなたの地域で起こっている、ベネズエラとガイアナのあいだの紛争について、すこし話してくれませんか? そうした国々は、いままさに進行しているエネルギー体制と地政的なせめぎ合いについて、何を明らかにしてくれるのでしょうか?

オッジ:はじめに言っておきたいのは、アメリカの大石油企業(ビッグ・オイル)――この場合はエクソンモービル――が、依然として舞台の中心にいるということです。しかしまずは百年前の植民地時代にさかのぼる土地の係争について説明しましょう。当時、ガイアナは英国領ガイアナで、イギリスはその帝国主義的影響力を拡大しようとしており、ベネズエラは独立を果たした国家(ネーション)でした。この係争は、程度の差はあれ、チャベスが2004年にガイアナを訪問しこの問題を解決済みと考えると宣言するまで継続することになります。

事態が変わりはじめたのは2006年、チャベス政権が石油部門の一連の国有化と規制を開始したときです。大半の多国籍石油企業は新たな条件を受け入れましたが、例外が二社ありました。コノコ・フィリップス社と――言うまでもなく――エクソンモービル社です。それらの企業は、国際投資紛争解決センター(ICSID)を介して、数百億ドルの補償金を要求しました。

しかし2014年、ICSIDはベネズエラによるエクソンモービルへの支払いを16億ドルとする判決を出し、これが当時の社長・CEOのレックス・ティラーソンを激怒させました。その翌年、エクソンはまったく突然に、[ベネズエラが主権を主張するガイアナの海域で]295フィートの高品質の石油を発見したと発表します。ガイアナとエクソンモービルのあいだの生産共有協定を見てみると、石油収入の75%がコスト回収のためにエクソンモービルに与えられ、残りの四分の一をガイアナとのあいだで半々に分けることになっていました。そこには第32条〈協定の安定性〉という項も含まれ、それによれば、ガイアナ政府はその協定を「改定、修正、撤回してはならず、打ち切ったり、無効ないし実施不能を宣言したり、再交渉を要求したりしてはならず、後継ないし代理協定を押しつけてはならず、その他あらゆる仕方で本協定を回避・変更・制限しようとしてはならない」ことになっていました。

言い換えれば、ベネズエラの人々も、ガイアナの人々も、私たちの地域へのエクソンモービルの政治的介入から恩恵をこうむることはありません。ですから、これは二つの国の住民同士の紛争なのではなく、エクソンモービルとこれら二つの南アメリカの国々とのあいだの紛争なのです[ここまでの発言はおそらく以下の記事を元にしている。ヴィジャイ・プラシャド(中村峻太郎訳)「エクソンモービルはラテンアメリカで戦争を起こしたがっている」『船と風』2023年12月7日]。そしてまた、2023年12月14日にガイアナがベネズエラとの対話と平和のためのアーガイル宣言(Argyle Declaration)に署名し、どちらの陣営も実力を行使することはないと宣言した直後、2023年12月29日にイギリスの軍艦がガイアナに停泊しました。

2023年7月には習近平大統領がガイアナ大統領のモハメド・イルファーン・アリと会談していることにも触れておかなければなりません。その会談で、習近平は中国とガイアナのあいだの関係、そしてガイアナにとっての中国の重要な役割を強調しています。アリ氏はその点に同意し、中国のリーダーシップとグローバルな影響力に賞賛の意を述べました。ガイアナが急速にグローバルな地政的位置取りの戦場になりつつあることは明白です。このこともまた、グローバルなエネルギー・システムと帝国的競争とのあいだの分かちがたい繋がりの明らかな証拠です。

ニック:ティム、あなたは著書『カーボン・デモクラシー』のなかで、石油をめぐる政治がいかに軍事主義を形作ったのかということにも目を向けています。とりわけ中東地域に関して。そして、イスラエルや1967年戦争との関連で。現在の戦争は、あなたが本のなかで書いているようなカーボン権威主義ないしカーボン軍事主義に、直接的ないし間接的なルーツを持っているのでしょうか?

ティム: イエスでありノーです。そして直接的というよりは間接的にです。ガザに対する戦争は、歴史的パレスチナの領域を完全に支配することを望み、パレスチナ人によるいかなる種類の民族的権利の要求も許容しないイスラエル国家のなかにその原因があります。こうしたより大きな連関が石油の地政学に関係してくるとすれば、それはイスラエルが、アメリカによる財政的、軍事的、政治的な支援なしにはやってこれなかったという点においてでしょう。

イスラエルがアメリカ政府の支援を維持するために組織することができる影響力やプロパガンダのシステムは、アメリカの軍事主義に関連があり、それは石油の歴史と非常に深い結びつきを持っています。アメリカの軍隊への支出は、世界の二番目以降の十か国の軍事力を合わせたよりも大きな額です。

これはしばしば、あまりに短絡的に、石油のような生死にかかわる資源を防衛する(アメリカにとっての)必要性という点から説明されています。もっとましな見方は、石油は供給が脆弱なものだ――私たちが晒されている気候崩壊の原因であるというよりも――という誤解をまねく考えが、アメリカの安全保障そのものがどういう訳か危険にさらされている、という観念を作り出すために利用されているのだ、というものです。こうした脆弱性という言語は、かくも膨大な公共的リソースを一握りの兵器・セキュリティ産業に流し込むためには必要不可欠なものです。

ですから、アメリカがイスラエルの側についてきたことは、直接的に石油を防衛するためではありません。それは、イスラエルがそうしているように、そしてイスラエルの助けを借りることで、自国の軍事主義が依存しているところの非安全保障インセキュリティ[安全保障が存在しない]という神話を防衛するためなのです。

ニック:この問題の軍事面から環境面に話題を移したいと思います。私たちのエネルギー・システムは、その気候への影響、環境と健康への影響を考えれば、私たちの惑星を破壊するものであることは明白です。にもかかわらず、これまで証明されてきたように道筋を変えることがここまで難しいのは、なぜなのでしょうか?

テア:それは、政治と権力、そしてまた資本主義システムの仕組みという、より深い問いに踏み込むことになります。座礁資産という現象に触れましたね。これはあらゆる採掘セクターと同様に化石燃料が高額で前払いの、固定され、それどころか埋没した資本コストを大量に抱えていることによる問題です。そしてその賭けを長い時間、時として数十年にわたって行うことになり、その投資に対して利益(リターン)を得るのですが、それ以前は、それはただのコストでしかないのです。 なぜ化石燃料資産の所有者がエネルギー・システムの移行に信じられないほどの抵抗をみせるのか、想像するのは難しくありません。たとえ新たなエネルギー・システムのなかで利益を得る機会があるとしても、です。

そしてこの産業が政治に対していかに大きな影響力と結びつきを持っているのかを考えれば、[エネルギー移行を]調整し、遅らせ、否認し、かれらが行ってきた(と私たち皆が知っている)あらゆる事柄を行うことは、非常に容易なことでした。別の問題は、石油産業が資本主義生活の物質面にかなり深く食い込んでいることです。石油化学やプラスチック産業のことを考えてみてください。資本主義の終わりを想像することなしに石油の終わりを想像することは難しい、と述べる人々がいるのは、こうしたことが理由です。

しかしもっとも強力な者たちの利害関係以外にも、私たちのエネルギー・システムの変革を困難にしている理由は存在しています。例えば、エクアドルのような低収入・中収入の石油輸出国家の問題です。[石油からフェーズアウトする際]財政基盤の全体が石油収入と結びついており、そうした歳入なしには社会サービスも、公共的インフラも、統治の基礎さえ提供することができないような国々に何が起こるのかについて、制度的権力の中枢でいっさい何の計画も議論もないということに、私は驚かされつづけています。石油からの移行が、多くの貧しい・低収入・中収入の国家の決定的な歳入源を否定することになるという困難な現実を、私たちは避けるわけにはいきません。[別のインタビューでリオフランコスは、こうした問題に取り組むために「多国間での再分配的な財政プラン(a multilateral plan for redistributive finance)」が必要だと論じている。]

ニック:そのことはもちろん、トリニダード・トバゴにも非常につよく関連していますね。というわけで、その環境上の影響について、そしてこうした形態のエネルギーからの移行がなぜこれほど難しいのかについて、オッジの考えを聞いてみたいのですが。

オッジ:テアは私たちの国のような石油・ガス輸出国にとって非常に重要な懸念点を提示してくれました。私たちの経済全体が、何十年にもわたって石油とガスに依存してきており、いまでもそれらはGDPのほぼ40%、輸出の80%に達しています。実際のところ、政府のトータルな歳入に占めるエネルギー部門の割合は58.2%に相当しました。こうした歳入がなければ、私たちの国民保険(National Insurance)――それは国民の社会保障のセイフティネット全体です――は崩壊の危険にさらされることになります。ですから、これは移行にとっての真の課題です。

私たちはいままさにトリニダード・トバゴにおいて、進歩的で公正な移行のために闘っており、政府に新自由主義型の移行から舵を切らせるために、メンバーを動員しています。政府はそれを公正な移行と呼んでいますが、実際には違います。それは新たな構造調整プログラムを覆いかくす、隠れ蓑以外の何物でもありません。私たちは何千もの雇用を失い、新たな雇用の約束は依然としてありません。政府が実際に行っているのは、水や電気など、さらに多くの公共設備を商品化し、私営化[民営化]することなのです。

そして政府はエネルギー源を変えることすらしておらず、新たなガス取引に署名しています。そしてまた再生可能エネルギーのプロジェクトに関しても、[これまでと]同じ多国籍企業と協定を結んでいるのです――たとえばトリニダード・トバゴは、太陽光エネルギーのプロジェクトでBP社と協働しています。ですから、私たちはグリーン帝国主義、およびグリーン資本主義からも、みずからの身を守らなければなりません。

ティム:石油は私たちの経済的思考のモード全体を非常に強く形作ってきました。そして今度はその経済的思考がエネルギーと[その]移行の形を決めています。石油の固有の歴史と、成長という概念のあいだには関連があり、そこでは見たところ限界のない石油の埋蔵量が、成長を基盤にした経済を正当化するものとして考えられました。少なくとも2030年までは継続すると予想される化石燃料使用の持続的な拡大のなかにいる現在、私たちにはそのことがよく理解できます。

そしてグリーン帝国主義の性質は、移行もまた不均衡なものであることを意味しています。たいていのヨーロッパの工業化された国々では――もしかするとアメリカでも――化石燃料の消費は今日のほうが1990年よりも低水準にあります。持続的な拡大はたいていの場合どこか他の場所で起こっており、そのことは、特定の国々にとっては洋上風力に投資する資本を見つけることが難しく、実用的な規模での太陽光が高価すぎるという事実を反映しています。再生可能なエネルギー源の相対的費用が化石燃料のエネルギー源よりも安くなる転換点(ティッピング・ポイント)は存在していますが、そうした転換点がシステム全体に行き渡るまでには時間がかかり、[実際]それは十分なスピードでは起こっていません。

テア: ティムの省察に付け加えるとすれば、再生可能エネルギーは資本コストが高いのと同時に、こうした部門の実際の利潤は、化石燃料と比較して低く、いまだに不確かです。それが具体的に何を意味しているかといえば、政府の補助が非常に重要だということです。 それはデリスキング(リスクの肩代わり)、積極的な税額控除、税の減額、資本コストのオフセット[差し引きによる相殺]、低額融資(ローン)、等々といった形を取ります。ほとんどのグローバルサウスの国々はそれを行うことができず、公共投資を提供する際には国際通貨基金(IMF)の貸付けと債権者たちによる制約を受けています。そしてアメリカのような国々はこうしたことを行えますが、エネルギー移行をうまく進めるほど十分には行っていません。

私企業の利潤行為を国家が肩代わりすることをどう考えるかはさておき、こうしたことは、なぜエネルギー移行のペースが遅れてきたのか、そしてなぜ中国とアメリカが(それぞれ別の理由で)移行を肩代わりする能力において突出しているのかという点に関して、重要な問題です。

ニック:[エネルギー]移行から特定の国々が排除されるという問題に取り組むことと並んで、移行が労働者を排除したり、コミュニティに負の影響を与えたりすることについて、どのように取り組めばいいのでしょうか? たとえば、グローバルサウスでの移行のための鉱物採掘に関して。

テア: 上流の、再生可能エネルギー技術の生産要素である鉱物に目を向けてみれば、非常に重要ないし必要不可欠と見なされている物質の周期表一覧が存在しています。コバルト、リチウム、レアアース、黒鉛、等々。そしてそれらはグローバルサウスの産出国にとって、数多くの懸念やジレンマを引き起こしています。

第一に石油と比較した場合、リチウムの収入でひとつの国を維持するなどということを想像するのは困難です。市場の規模が比較にならず、分布もはるかに分散的だからです。だから、産出国による梃子入れ――OPECの例で見たような――の問題は、より困難なものになります。

そうした鉱物の採掘はまた、生態系や社会への悪影響を、そして労働者の搾取を数多く伴うものです。ですから、化石燃料産業ほどのカーボン・フットプリントはないにしても、採掘はそれに関連して膨大な量のローカルな環境・社会上の弊害を生み出すものであり、人権の侵害という点でも最悪の記録を保持しています。人々が殺害され、労働者たちが抑圧されているという点で、アグリビジネスと鉱業部門が極悪の名をかけてタイトルマッチを争っています。

ですから、太陽光パネルやリチウム・バッテリーが必要とする分だけ再生可能エネルギー技術を拡大していくことは、人権やガバナンス、そして環境=社会の観点からは憂慮されており、その影響という点では、新植民地主義的(ネオ・コロニアル)な関係が数多く再生産されているのを見て取ることができます。

というわけでこれはお馴染みのお話ですね。しかしまた同時に、別のことも起こりつつあります。それはオンショアリング[域内移転]というプロセスで、たとえばアメリカ政府は、不安定なサプライチェーンに頼りたくはなく、アメリカ国内で採掘されたリチウムやコバルトが欲しいと語っています。一方では、みずからが必要とする採掘すべての環境的・社会的な対価を、アメリカ自身が支払うことになるのですから、グローバルに見て公正だと言えるかもしれません。しかし実際には、それがグローバルサウスでの採掘主義を代替することはありません。需要のパイ全体が拡大しているからです。そしてアメリカ国内の鉱山でもまた、たいていの場合、影響を受けるのは先住民の人々や田舎のラティーノのコミュニティです。言い換えれば、低・中収入の国々で最悪の影響を受けているのと同じ、脆弱な立場の住民たちが影響を受けるのです。

そしてオンショアリングは、グローバルサウスの鉱物産出国が投資をめぐってアメリカと競争しようとしているなかで、値下げ競争を焚き付けてもきました。アメリカ政府は資本コストをオフセットし、採掘企業に税の優遇措置を提供しているにもかかわらず、です。

ニック:オッジ、あなたは、移行を経験し、公正な移行を構築しようとしている労働者たちの運動に関わっておられますね。その経験とは、どのようなものでしょうか?

オッジ:すでにお話したように、トリニダード・トバゴで私たちは不公正な移行を経験しています。私たちはいまだにBHPビリトン、シェル、BPといった企業とのあいだで新たな石油生産の契約を結んでおり、一方で、残っている雇用はもはやまともな賃金や条件のものではありません。エネルギー部門で労働者が完全に何の権利も有していなかった、1930年代や1940年代にほとんど逆戻りしたかのようです。

私たちの組合は、〈エネルギー民主主義のための労働組合〉と協働して、オルタナティヴを提示しています。それは、「公共的経路のアプローチ(the public pathway approach)」と呼ばれるものに沿って作成されています。エネルギーの公共所有を拡大し、労働組合や社会運動で仕事をしている私たちの希望や期待に沿う形で新たな政治経済(ポリティカル・エコノミー)を構築するための、道筋を引こうとするものです。その道筋とは、エネルギーと電力部門双方の完全な国有化を意味することになるでしょう。

歴史が明らかにしたように、現在のエネルギーの拡大は、資本主義の拡大から切り離すことができません。これこそが、気候危機と世界の生態系の崩壊を押し進めているものなのです。

ですから、エネルギーの拡大を短縮し、気候への影響を緩和するための実現可能で効果的な手段は、どんなものであれ、エネルギーの生産・利用方法をコントロールすることを伴います。技術的な現実から考えても、政治的戦略という観点から見ても、エネルギーの管理は決定的に重要です。エネルギーをめぐる闘いは、ラディカルなシステム全体の変化を目指して奮闘する運動のなかにいる私たちにとって、明晰な焦点を提示してくれるのです。

ニック:ティムとテア、市民主導・労働者主導でより民主的かつ公正なエネルギー・システムを後押しするうえで、私たちは何と格闘しなければならないのでしょうか? エネルギー・システムのなかの、何を変化させる必要があるのでしょう?

ティム:オッジの発言に付け加えることはありません。彼が私たちにはっきりと示してくれたように、エネルギーは単にある数字のギガワットを提供することに関する技術的な問いなのではありません。そこは私たちの政治が組織される場所であり、公正さや社会正義の問題が懸っている場所なのです。そうした政治的な意識は、過去のさまざまな瞬間において存在しておらず、それゆえ、それを再出現させることは、きわめて有望なことです。私たちは通過しなければならなくなった移行の規模を考えるならば。

テア: 少し前に話していたことに戻らせてください。資本主義下の投資家が再生可能エネルギーに投資したがらない問題についてです。その結果、私企業所有のインフラに公共的な補助が行われています。すると、仲介者を取り除いてしまえばいいのではないか、という疑問が浮かびます。公共的な財源がすでに補助金を出しており、こうした移行をうまく進めるためにアメリカではインフレ削減法(IRA)のような重要な規制を通しているのであってみれば、発電能力の直接的な公共所有を、流通のための電線やケーブルの公共所有を、どうして考えてはいけないのでしょうか?

たとえばニューヨーク州で私は、アメリカ民主社会主義者(DSA)のキャンペーンを支えるために調査活動を行ってきましたが、そのキャンペーンは発電能力――より多くの再エネ容量を購入し、公共の建物の脱炭素化を助けるための――を所有する国営企業を援助する規制を通すことに成功しました。所有権の問題はいまや決定的に重要なものです。気候科学が要求しているような速度で脱炭素化を行うためには、利潤による動機に頼ることはできないからです。

二つ目の答えは、労働組合と労働者の闘争についてです。アメリカでは数年前に重要な発展がありました。炭坑労働者を代表する鉱山労働者連合(United Mine Workers)が、とうとう公正な移行を公式に支持したのです。これは決定的なことです。公正な[エネルギー]移行には、移行を望む労働者の組織化が必要であり、かれらが――移行を遅らせたり、移行を怖れて上層部と手を結んだりするのではなく――そこから恩恵を得られるように移行を組織することが必要だからです。

最近ではまた、UAW(全米自動車労働組合)によって組織された、大規模で、重要で、非常に闘争的かつ創造的なストライキがありました。それは、労働者が電気自動車(EV)への移行の(それに掛けて言えば)運転席に座れるようにすることを目指したものでした。というのも、EV移行は労働者にとって、どんな道筋にもなりうるものだからです。一時解雇(レイオフ)、自動化、[雇用の]不安定化への恐怖が存在しています。しかしUAWはみずからが主人公になることを選び、バッテリーやEVに関わる労働者が、従来の自動車労働と同じ[賃金]水準が得られることを確証する驚くべき契約を、数多く勝ち取りました。

このことは、労働組合が、雇用と汚い産業の守り(ディフェンス)よりも、自分たちが望むような再生可能エネルギーへの転換を形作るという攻め(オフェンス)に重点を置いて組織化を行うことで、何が起こりうるかを示すひとつの例です。企業・上層部とのあいだの極めて非対称的な闘いがもはや存在しないと言いたいわけではありません。しかしこうしたことは、最終的には労働者がより多くの力を得るのに役立つと私は考えています。

ニック:オッジ、あなたに最後の質問をしたいと思います。この刊行物の読者には、非常に囲い込まれた権力システムのすぐ近くで、エネルギーをめぐる闘いに関わっている人々が多くいます。かれらへのメッセージは何でしょうか?

オッジ: ここ最近、油田労働者労働組合(OWTU)は、グローバルサウスで設立されたTUEDサウスの別の組合と協力して、失敗している現在の私営化[民営化]された脱炭素化アプローチに代わって、公共的経路という、信頼できる正当なオルタナティヴが存在することを示してきました。私のメッセージは、私たちはシステム・チェンジを要求することを決して止めてはならないということです。

システム・チェンジの要求は、気候危機に取り組むための、唯一の公正な対応です。私たちが資本主義へと移行したとき、環境へのネガティブな影響が生じました。ですから、ほとんど全ての国にとって――そしてとりわけグローバルサウスで――必要なのは、資本主義から抜け出るという移行です。

公共部門からの強力で進歩的な介入なしには、[炭素]排出を削減するための介入の多くは可能にならないでしょう。効果的で進歩的な公正な移行のためには、十分な資源をもった公共サービス部門が必要です。世界中での闘いは、変化を生むことはまだ可能であり、私たちの惑星を――そして同時にそこに暮らす人々の生活を――守るために、人類社会は転換を果たし再び組織し直されうるのだと、身をもって明らかにしてきました。 これが私からのメッセージです。

翻訳:中村峻太郎

出典:Timothy Mitchell, Thea Riofrancos, Ozzi Warwick, Nick Buxton: Power switch. Building a just energy transition in an age of corporate and imperial power, transnational institute, 8 Feb. 2024.

©Transnational Institute, under Creative Commons Licence (Attribution-Noncommercial-No Derivative Works 3.0 licence)

画像:Lorie Shaull from St Paul, United States, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons


PAGE TOP
目次