連続エッセイ:気候正義とパレスチナ①


果樹にまつわる物語

はじめに:気候正義の両義性

イスラエルによるパレスチナ・ガザでのジェノサイドが本格化する約1年前、2022年11月、エジプトのリゾート地シャルム・エル=シェイフでは国連気候変動枠組条約第27回締約国会議、通称COP27が開催された。会議が始まる2ヶ月前、エジプトで最も注目を集める「政治囚」アラー・アブドゥルファッターフは、獄中で、パキスタンで発生した3300万人に避難を強いるほどの大洪水について、そしてその洪水が予告する今後の気候変動による苦難と国家による乏しい対応について憂慮する手紙を書いた。アラーだけでなく、エジプトでは、政府を批判した人が投獄されて拷問を受けるなど、市民の自由が奪われている。

心がこもったアラーの手紙も、6万人以上いるとされる「政治犯」のこともつゆ知らず、シャルム・エル=シェイフに集まった世界の首脳や閣僚、外交官、任命されたNGOや企業、科学者たちがパリ協定の1.5℃目標の重要性を再確認し、気候変動に脆弱な途上国に対する「損失と損害」対応支援のための基金設置を成果として発表した。会議場の外では「人権なくして気候正義なし」との横断幕が掲げられ、アラーとの連帯が訴えられた。ジャーナリストで活動家のナオミ・クラインは「気候変動対策を口実に人権問題を無視する国際社会は許されない」と激しく糾弾した。

イスラエルによるパレスチナ・ガザでのジェノサイドが本格化するなか、2023年12月、UAE(アラブ首長国連邦)・ドバイではCOP28が開催された。会議場の外では多様な国々からきた人々がクーフィーヤを巻き、スイカが描かれた旗を掲げ、「気候正義を!」「停戦を!」と叫んでいた。会議場内では、地球温暖化に伴う食糧危機への認識が共有され、食糧安全保障を守る行動も「気候正義」になると位置付けた。そして、グローバルストックテイクに関する成果文書が採択された。それはカーボン・オフセットの名の下に、非産油・熱帯途上国の莫大な土地を取引できる新しいマーケットを作り出し、更なる「分割」を生み出す取り組みでもあるのだが。

 “西側の諸国から聞こえてくる「気候正義」という高尚な約束は、残念ながら「パレスチナの正義」への約束とおなじくらいに中身がないことが証明されてきた。どちらのケースにおいても、こうした国々は言うことだけは言うが、実際にその道を歩くことは拒んでいる。そして、自分たちの過剰と偽善のつけを、貧しく脆弱なコミュニティに払わせつづけている。”

パレスチナ、ナースィラ(ナザレ)生まれの著作家マルワーン・ビシャーラはアル=ジャジーラ紙でこう訴えていた。なるほど、COP28では世界のリーダーたちによる気候危機に対する姿勢が空虚なものであることが実証されたのである。

気候正義とは何なのだろうか?

本エッセイについて:気候正義とパレスチナ

大洪水や旱魃など極端な気象現象により、生命、生活手段、言語や文化が失われ、食糧・水不足や強制移住、紛争が生じている。それは世界中で生じる地球規模(グローバル)の問題だと報じられることが多いが、その危機の甚大な被害を受けているのはインフラや資金が不足する熱帯・乾燥帯諸国に住む人々である。特に、そうした根本的な生存基盤の損失によって最も直接的な影響を受けながらも、大きな経済的格差・不平等に直面しているのが女性や少数派、難民、農業や漁業など自然に頼った生業をもつ人々である。これに対して、SDGsの旗印のもと先進国から途上国への融資や援助、グリーン・テックの提供といった解決方法が模索されてきた。しかし、SDGsという聞こえの良いオブラートに包むことで、それまであった植民地主義支配や人権問題を見えなくさせようとする試みもあり、そのやり方は日を追うごとに巧妙になっている。

イスラエルも例外ではない。イスラエル政府が「世界を牽引する」と喧伝するグリーン・テックやアグリ・テックの科学技術開発は、パレスチナ人から収奪した土地でなされ、その土地の歴史的・生態学的特徴を無視したさらなる土地の収用・排除をさらに進めるものであることはかねてより指摘されてきた

宗教紛争、民族対立、国際政治といった文脈で語られることの多いパレスチナ問題は、気候正義の問題と無関係ではない。「連続エッセイ:気候正義とパレスチナ」では、パレスチナ問題を気候正義の観点から振り返る。本エッセイを通じて、パレスチナにある自然環境や、その環境と豊かに絡まり合うパレスチナ文化の豊富さを思い返すきっかけになること、その一方で、イスラエルと帝国主義が繰り出す暴力の多面性を知る一助になることを期待している。

第一弾は、パレスチナ人と「果樹」をめぐるストーリーを3つ、気候正義の観点から紹介する。パレスチナで起きている気候/環境危機は、気象の問題だけではなく、地球規模の資本主義経済と男性優位社会の欠陥の表れでもある。次いで第二弾では、パレスチナの農家や果樹そのものが直面する気候不正義に対抗するため、どのような活動が行われているのか紹介する。これらを通じて、気候正義運動を行う人々がパレスチナ問題によりいっそう目を向けるようにすること、そしてパレスチナ解放を実現する気候正義運動を後押しすることを目指している。

パレスチナの果樹と気候不正義

(1) ガビ・カーク「パレスチナで気候変動と占領の双子の危機に直面する」

最初に、オリーブにまつわる記事を紹介する。パレスチナ人にとってオリーブは生活の糧であると同時に文化的象徴であり続けてきた。

パレスチナ・ヨルダン川西岸地区北部にあるジェニンの農村地帯に14年間通い続けた人類学者ガビ・カークは、ジェニンのオリーブ収穫が気候変動とイスラエルの入植植民地主義という二重の危機に直面している状況を論じている。気候変動による異常気象が降雨パターンを乱し、冬の熱気や春の猛暑がオリーブなどの作物に悪影響を及ぼしている。2021年の収穫期では、通常よりも早く収穫を終えることを強いられた。

さらに、イスラエル軍や入植者によるオリーブの伐採や農地への攻撃が、パレスチナ農業をさらに困難な状況に追い込んでいる。2021年10月には、2020年全体の2倍を超えるオリーブの木が根こそぎにされた。イスラエル政府は入植者の捜査や逮捕はせず、土地収奪や水資源利用の制限を行なっているため、パレスチナ農家の生存基盤は危機に瀕しているがなす術のない状況が続く。気候変動と入植植民地主義の両方の影響は、まさに双子の危機である。

カークは、パレスチナの環境問題を気候正義の観点からも見る必要がある、と主張する。気候変動の影響は地球規模(グローバル)だが、パレスチナでの被害は特にイスラエルの占領政策と結びついている。イスラエル人たちはパレスチナ人の土地を不毛だとみなし、パレスチナ人よりも良い管理者になれると主張することで土地の剥奪を正当化してきた。しかし、実態としてイスラエルの「グリーンな」技術はパレスチナには届かないどころか、地表と地中の水を吸い取り、パレスチナ人たちが持つ気候変動への対応能力を奪う一方であった。これは植民地主義による資源の不公平な分配の一例である。

気候変動と占領によるパレスチナ人農家への影響についての物語は数多くある。その一方で、パレスチナ人農家自身も、環境破壊と経済的搾取に直面する世界中の小農たちに連帯し、共鳴している。彼らが直面する危機を地球規模(グローバル)の問題として一般化するのではなく、パレスチナの土地特有の歴史とイスラエルの入植植民地計画の詳細を中心に据えつつ、世界各地の多面的な気候危機を結びつけることが求められている。

(2) ダニエル・モンテレスク、アリエル・ハンデル「イスラエル・パレスチナにおける地ワインと入植植民地主義」

2008年に誕生したパレスチナ初の地ワインは2013年にロンドンで開催された特別試飲会で国際デビューを果たした。この成功に対抗するように、2014年にイスラエルのレカナッティ・ワイナリーは「古代に起源を持つ」とされる地ワインを発表し、国際的な報道の注目を集めた。イスラエル人は地ワインを理由に、自分達が入植者であるという主張に反論し、ユダヤ人の先祖代々続くこの土地とのつながりを主張する。しかし、実は、そのワインにはパレスチナ人キリスト教徒の村で受け継がれてきたワイン生産の伝統のなかで、何世紀にも渡って栽培されてきたブドウ品種が採用されている。

食文化研究者ダニエル・モンテレスクと地理学者アリエル・ハンデルによって書かれた本稿は、イスラエル・パレスチナ間で起きている、地ワインのテロワール(terroir)をめぐる「競争」の実態を説明する。テロワールとは人と土地や気候の結びつきが生み出す独自性のことであり、グローバルなワイン市場経済において文化的・経済的価値を形成する中心的な要素となっている。イスラエルのワイン生産者や科学者はDNA解析や古代文献を駆使して、自分たちの地ブドウのテロワールを裏づけようとしている。他方で、長いワイン醸造の伝統を持つパレスチナのタイベ村では、パレスチナの地形、気候、土壌だけでなくイスラエルによる土地の接収、水アクセスの妨害、検問所すらもブドウのテロワールを語るうえで不可欠な要素となっている。パレスチナの環境的にも、歴史的にも重層的なテロワールを持った地ワインは、入植者らの検閲や妨害を超えて、世界に輸出されている。

筆者らによると、地ワインはもはや単なる農産品ではなく、ガストロナショナリズム(国家による特定の食品の文化的所有権の主張)や科学的探求、政治経済が交差する、アイデンティティの獲得をめぐる競争の場と化した。ただし、それは対等な競争ではない。イスラエル側は占領地でのワイン生産・増産を通じて自らをパレスチナの土地に「永久に土着化」していく一方で、パレスチナ側は土地とのつながりをつねに証明することが強いられる(にもかかわらずワイン輸出の際にはイスラエルを経由する必要がある)不公平な競争に放り込まれているのだから。

(3) ヤッファ『ブラッドオレンジ』

最後に、詩集を紹介する。ヤッファは、クィアでトランスジェンダーのパレスチナ人詩人、教師であり、性・ジェンダー多様性のためのムスリム同盟(MASGD:マスジドと読み、アラビア語でモスクを意味する)の運営責任者でもある。タイトルにあるブラッドオレンジは、パレスチナの英国委任統治時代、イスラエル占領開始から今日にかけて特に搾取されてきた地域であるヤーファーのオレンジを指している(イスラエルはこの地からパレスチナ人を追い出しては「イスラエル産のヤッファ・オレンジ」を栽培し、ヨーロッパや日本で販売している)。インタビュー記事によると、このタイトルはパレスチナが乾燥した無人の土地であり、誰でも手に入れることができるという描写に抗議するものである。何世代にわたり農家によって手入れされてきたパレスチナの広大なオリーブ畑やオレンジ畑は、そのような描写が誤りであることを証明している。

私は

ある民族の一員

その民族は

千度も死んだ

白人によって

征服された

私たちの血が

木々や渓谷を満たし

海をブラッドオレンジ色に染める

沈むことを忘れた

日食のように

「ブラッドオレンジ」より一部引用・翻訳

征服者の暴力がパレスチナ人の生活のあらゆる側面に浸透すればするほど、パレスチナ人が住まうその土地との結びつきもまた強まり、永遠に消えないものになることを思い出させる。

ヤッファの「ブラッドオレンジ」はパレスチナ人だけでなく、全ての抑圧された人々に向けられている。多くの国を移動し、現在米国に住むヤッファはしばしば白人のゲイコミュニティのなかで暴力に直面してきた。ヤッファをはじめとする移民・難民として来たクィア、トランスジェンダーの人々は、白人のゲイの人々とは異なるレベルの疎外や差別を被ってきたにもかかわらず、白人たちからアラブ・イスラームという「同性愛嫌悪で未開の」場所から来たというレッテルを常に貼られてきた。ましてや、それを口実にパレスチナ人に対する攻撃や殺人が正当化されてきた。その経験ゆえにヤッファは、白人のLGBTQIA+の人々もまたパレスチナ人に対する暴力に責任を負うと考えつつも、LGBTQIA+の文脈でもよく見られる白人の論理が正当だとする「白人救世主論」(white savior)に距離を置く。

インタビューによると、ブラッドオレンジは自費出版である。ヤッファは次のように語る。「自分たちの言葉の所有権を私たちで主張したいと思っています。そして、常に変化する世界のなかで効率的でタイムリーな方法でそれを成し遂げたいのです。クィアでトランスジェンダーのムスリムが今何を思っているのか聞きたいです。数ヶ月の間に何が起こりうるのか、私たちの口から語りたいです。歴史的に、多くの出版社は高等教育の要件や適切なコネクションの必要性など、〔出版のための〕アクセスの障壁を設けてきました。一方で、パレスチナについて書く記者の大半は白人です。かれらは何も知りません。(雑誌や出版社を所有する)億万長者に、何をいつ、どこで出版するかを決められるのを許したくないのです。もうたくさんです。私たちにはそれを変える大きな力があります」

ブラッドオレンジはその変革の出発点である。ブラッドオレンジは最も疎外されてきた人々が自分たちの物語を語り、かれらが物語を語ることを阻まれてきた地をともに想起し、取り戻すための空間を提供している。

おわりに

オリーブ、ブドウ、ブラッドオレンジ、そのどれもが何世代ものあいだパレスチナ人の生活の糧であり、アイデンティティの源であり続けてきた。それゆえに入植植民地主義のターゲットとなり、生態学的・文化的に根こそぎ奪われようとしてきた。これらの果樹は、パレスチナ人が直面する気候不正義の象徴にもなっているのである。一方で、パレスチナ人がどれだけ経済的苦境に置かれても、男性・白人中心主義的な暴力に晒されても、彼らと深く結びついた果樹たちは、抵抗と再生、そして新しい空間をつくるための機会を提供している。

とはいえ、これらの果樹も、果樹と結びついた人々も不公正な状況下に置かれていることに変わりはない。どのようにしたらこの状況を打開できるだろうか。第2弾では、パレスチナの果樹を通じて世界とつながる活動や、イスラエルの環境不正義に対抗するために日本で行われている活動を紹介する。


文責:中鉢夏輝

引用文献

Gabi Kirk “Confronting the Twin Crises of Climate Change and Occupation in Palestine,” Arab Studies Journal XXX. 2 (2022): 90–95.

Daniel Monterescu, Ariel Handel “Indigenous Wine and Settler Colonialism in Israel and Palestine,” Middle East Report 302 (Spring 2022).

Yaffa Blood Orange Meraj Publishing (2023).

サムネイル画像:パレスチナ・バティール村にて(2017年筆者撮影)

第2弾に続く


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