アジアの演劇祭に流れるそうめん——命と環境、希望を考えるワークショップ

中鉢夏輝

インドネシア・チアンジュールで開催された国際芸術祭「スア・テラジア エピソード2」(Sua TERASIA Ep.2)にて、ワークショップ「流しそうめんパーティー」を実施しました。パーティーと銘打ってはいるものの、その目的は環境正義のための運動を擬似体験してもらうことにありました。特に、ジェノサイドや戦争のために使われる化石燃料を運ぶ船を止める運動を念頭に置いています。そのため、案内文に掲載したパーティーの副題は「船を止めろ! 命と環境を考える縁食ロールプレイ」となっています。なんだか訳のわからない副題ですよね(笑)。パーティーの進め方はシンプルで、流しそうめんを食べながら、流し台を流れてくる「悪い船」を取り除く、というゲームがメインとなっています。本エッセイではワークショップの背景や準備、当日の様子などについてお話ししていきます。

TERASIA インスタグラムより

スア・テラジアとは

スア・テラジアは、2020年に世界規模のパンデミックとともに始まったアジアの協働演劇プロジェクト「テラジア|隔離の時代を旅する演劇」の完結編に位置付けられます。私自身は2021年から、テラジアの上演作品を断続的に観てきました。それでもまだ一言で言い表すのが難しいですが、テラジアは、生と死、不可視の存在について考える分野・国境横断コレクティブといえるでしょうか。これまで、日本、タイ、ベトナム、ミャンマー、インドネシアにおいて、音楽、演劇、詩、瞑想など多分野の実践家がさまざまな形で信仰や生き方、超自然的なものを表現してきました。今回のスア・テラジアでは、2025年1月10日から19日にかけて、日本、ミャンマー、インドネシアの実践家が、ジャカルタから約100km離れた西ジャワ州・チアンジュールに集まりました。スア・テラジアは「創造と発表のステージ」(演劇やワークショップ)、「思考と対話のテーブル」(トークショーやディスカッション)、「終わりと始まりの儀式」(グヌン・パダン遺跡での瞑想)の3つの柱から構成されます。流しそうめんは、創造と発表のステージに収まっていたかと思います。

会場のチアンジュール・クレアティフ・センター屋上にて。チアンジュールは山に囲まれた高原都市です。近郊にある国立公園や植物園には、ジャカルタやバンドゥンといった周辺都市から多くの観光客が訪れます。住民の大多数はムスリムですが、中心街には華人も多く、お寺や教会も点在しています(写真提供: TERASIA)

テラジアと流しそうめん

流しそうめんの企画は、テラジアメンバーである、まほさんからのメッセージがきっかけで始まりました。「スア・テラジアの続編をチアンジュールで開催するけど、何かしらワークショップをやらないか」と提案をいただいたのです。その後、私はパートナーと雑談するなかで妄想を膨らませ、その妄想をそのまま企画書として書き起こしました。ただ、このアイデア自体は全くの思いつきではありませんでした。「イスラエルのジェノサイドに燃料を送るBTC石油パイプラインから今すぐ撤退せよ」キャンペーン以来、戦争のための化石燃料利用を止める活動を、もっと開かれたものにするにはどうしたらよいか、という疑問が常に頭の片隅にあったのです。

それこそ、パレスチナ問題や環境問題に携わる運動家以外の人たち——例えば子供たちなど——にも、戦争と化石燃料の関係について理解を深めてもらえるような場を作れないかと模索していました。そのため、ワークショップのポイントとして「ゲーム性」を念頭に置いていました。大人も子供も一緒になって手を動かして楽しめるものは何かないか、と常々思案していました。

ゲーム性にこだわったのには別の理由もあります。今回の「スア・テラジア」は、まさにパンデミックの終わりを象徴するオフライン・ミーティングでもあったため、「あの時代にはできなかったことをやろう」という意気込みもありました。4年前の今頃は、みんなで同じ食卓を囲むことさえ憚られる状況でした。流しそうめんはまさに、感染拡大につながるような「不要不急」のものとして扱われていたかと思います。

コロナ禍の日本では、「縁食」というコンセプトが注目を集めていました。縁食は、すでに関係性がある人間たちや、縁もゆかりもない人間たちが集まって食事をしながら場所と時間を共有することと言えます(藤原辰史 2020 『縁食論』)。流しそうめんの醍醐味は、まさにこの縁食にあるのではないかと思います。それは、一家団欒のような固定的な共食とは異なり、場所や時間、形式の制限が緩く、そしてその緩さゆえに、日本やミャンマー、インドネシア、様々な背景を持った者同士で、そこには見えない物事に関する想像力を働かせることもできるのではないかと考えました。

コンセプト|なぜテラジアで船を止めるのか?

スア・テラジアは生と死に思いを馳せるプロジェクトであると同時に、生の権利を奪い、理不尽な死を生み出す仕組みも扱ってきたかと思います。そのことに対する熱意は、これまでに実施されたパレスチナミャンマーに関するプロジェクトの企画者や参加者から、ひしひしと感じられました。今回のエピソード2においても、パンデミックが終焉した今日でも「とどまることを知らない混乱と破壊、いまだ分断の根深い苛烈な現実」に向き合う姿勢が示されています。

化石燃料は、人や他種の命を奪いながら破壊のメカニズムを構築する資源の一つです。いまもなお、化石燃料によって動く爆撃機や兵器は、世界中で無数の命を奪っています。それどころか、化石燃料や、それによって動く機械を守り・維持することを最優先する経済の仕組みがつくられています。化石燃料は世界の南側の貧しい人々によって掘り起こされますが、世界の北側の裕福な人々がより利益を得られるように使われています。その資源の多くは、船で運ばれる。たとえば、2023年10月から続くパレスチナ・ガザにおけるジェノサイドのために使われる石油も、船でトルコからイスラエルに運ばれてきました

ただ、いきなり船そのものを止める活動を始めるのは難しい(実際にそういう活動はありますが!)。そこで、試したくなりました——化石燃料を積んだ船を止める擬似体験からしてもらおうではないか、流しそうめんでそれができるのではないか、と。竹の流し台は運河、すなわち化石燃料を積んだ船の通り道を模しています。この通り道を通って、船は最下流の戦場に化石燃料を届けます。もちろん、船はそうめんや具材を流すこともある。もちろん参加者はそうめんを食べてもらって良いですが、食べることにあまりに集中していると、船の阻止が立ち行かなくなり、私たちの住む世界は破綻を迎える・・・。

企画書より抜粋。

準備

テラジアメンバーからGoサインをもらった私は、二つのことに取り組む必要がありました。それは、流しそうめんをするための器材・道具の準備と、ワークショップの構成の具体化です。インドネシアには当然流しそうめんセットなど売っているわけなく、私はジャカルタの自宅に竹を数本注文し、流し台を組み立てました。

ジャカルタの自宅にて組み立て。竹を縦に割り、内側の節を鑿で削り、やすりをかける。土台の足も竹で組み立てる。インドネシア人の知人に聞いたところ、Bambu Andongという竹の種類が頑丈で良いらしい(写真提供:筆者)

企画書の段階では、船に対するイメージがまだ固まっていませんでした。企画段階では「船を止める」ことしか考えていなかったため、参加者へのイントロダクションにおいては、漁船、深海調査船、クルーズ船など、全ての船が同質に悪者に捉えられないように説明を組み立てる必要がありました(この点、テラジアのみほさんのご意見が非常に助かりました)。

ただ、船の良し悪しを考えすぎてもゲームとして成り立たなくなりますし、子供たちにとってのわかりやすさを保つ必要があったので、今回は船を3種類用意しました。私は、黒色ストローで作成した船を手に取り、「これは人を殺すための石油を運ぶ“悪い船”です」と説明しました。そして、赤・青色ストローで作成した2種類の船を、食べ物や薬を運んでくれる“良い船”と呼びました。

もちろん、良い船の定義は人それぞれですし、その発想を深めることもしたかったので、急遽折り紙セッションも取り入れることに。

そうめんの付け合わせ。右上に写っているストロー片は悪い船(黒)と良い船(赤・青)です。日本から来たメンバーから麺つゆを持参していただいたのですが、アルコールが含まれていたため(イスラームで禁じられている)、急遽昆布だしベースの醤油ソースも用意(写真提供:TERASIA)

最終的に、ワークショップの構成は次の通りになりました:

  1. ワークショップの説明
    世界には戦場に石油を運ぶ“悪い船”がある。みんなで悪い船を止めよう!
  2. 希望の船を考える折り紙体験
    参加者はどのような船を希望するのか、願いを込めながら船を折ろう!
  3. 悪い船を止めろ!流しそうめん開始
    そうめんを取り、悪い船を取り除くことができたら、自由に付け合わせを選んで、そうめんを食べるべし。
  4. 希望の船の共有
    ②で作った船に、ペンであなたが船に望むことを書こう!書いた内容を参加者同士で教え合おう!
  5. 悪い船の供養儀式
    ③で止められなかった悪い船が、良い船に成るよう、あるいは生まれ変わるよう、みんなで輪になって祈ろう!

いざ、船を止めろ!

テラジアのチアンジュールメンバーの呼びかけもあり、ワークショップ開始時刻には地元の小学生約20人と大人10人強が集まりました。ガラガラにならず一安心。概ね全員がきちんと船を折ることができ、流しそうめんのやり方も理解してくれました。想定を超える人数だったため、流しそうめんは2つのグループに分けてプレイ。いま思うと、グループ対抗で競ってもよかったかもしれません。

そうめんと船を交互に流す(写真提供:TERASIA)
折り紙のレクチャー(写真提供:TERASIA)

折り紙で作った希望の船は、最後にそれぞれ窓に貼り出しました。ざっくり言うと、私はみんなの「希望」(インドネシア語でharapan)を折り紙に書くよう伝えました。大人たちは「Free Palestine」などパレスチナに関する文章を記す一方で、子供たちの大半は「車」「バイク」と書いていました。どこに、何を運んで欲しいか、イメージして書くように言ったのですが、どう伝わったのだろう。みほさんは「子供たちは”希望”と聞いて、欲しいものを運んでくるサンタさんのようなものを想像したのではないか」と推測しましたが、果たして・・・?

最後に、悪い船を供養する儀式では、チアンジュールの詩人ファイサルさんに詩を朗読してもらいました。参加者は円になって座り、その中央でファイサルさんは、流し台のゴールまで、すなわち戦場まで到着してしまった悪い船を詰めた透明のプラスチック・ケースを持って立ち上がります。ぼそぼそ、ぶつぶつ、コソコソと子供たちの気を引き、そして静まり返ったところにワーッと声をぶつけました。

良い船になれ!

もし君が良い船であれば

私たちは良い世界の一部になれるだろう

もし君が悪い船であれば、いますぐ目を覚まして

いつまでもそのままでいないで

世界は君を待っているのだから

結語|竹を片付けながら

竹の加工から、材料の買い出し、構成の具体化、当日の進行まで、私一人では到底賄いきれない仕事でした。ご協力いただいた皆様にこの場を借りて感謝申し上げます。見切り発車で始めたけれども、折り紙や流しそうめん、船の共有を和気藹々と楽しむ参加者の顔を見て、やってよかったと感じました。

色々と改良するべき点はあるかと思いますが、今後も機会があればまた流しそうめんパーティーの場を設けたいですね。そして、ジェノサイドのために送られる化石燃料をゼロにするための運動の輪を少しでも広げられればと願っています。

希望を込めて折った船を窓に貼る(写真提供:TERASIA)


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